2008.07.16 Wednesday
たぶん自分と自分でないものの境界はあいまい
ここ数日、実家の荷物を整理している。
整理というか、とにかく全力でモノを捨てまくっている。
小学生のころに遊んでたガチャガチャのフィギュアとか、
キン肉マン消しゴムとか、書道セットとか、学校で描いた絵とか、
今までにもらった年賀状とか手紙とか、好きだった本とかCDとか、
大学生のときにバイトして貯めたお金で買ったはじめてのパソコンとか。
これまで幾度となく廃棄の危機を乗り越えてきたつわものたち。
それらを身もだえしながらも容赦なく捨てたり、人にあげたりしている。
形あるモノはいつか必ず壊れるし、失われる。
また、モノを自分の手元に死蔵しておくよりも、
喜んでくれる誰かにそのモノをあげたほうが、いろんな意味で価値がある。
だからモノにはあまり執着しないでおこう。
そう考えていたつもりだったが、実家には予想以上のモノが残っていた。
おれはこんなにもモノに執着していたのか。
いや、モノというよりは、モノに付随する記憶だな。
モノにはそれに付随する記憶が必ずある。
自分がそれを手に入れた経緯や、それで楽しんだ記憶など。
普段それらの記憶を自律的に思い出すことはないのだが、
そのモノに触れた瞬間、いろいろと思い出して懐かしくなる。
# だから整理にはすごく時間がかかる。
つまり、形あるモノのふりをしているが、実は記憶の塊だったのだ。
モノを捨てるということは、記憶を捨てることに他ならない。
# 思い出せない記憶は存在しないに等しい。
そしてまた、過去の記憶は自分の一部に他ならない。
だから思い出のモノほど捨てるのがつらいのだろうか。
整理というか、とにかく全力でモノを捨てまくっている。
小学生のころに遊んでたガチャガチャのフィギュアとか、
キン肉マン消しゴムとか、書道セットとか、学校で描いた絵とか、
今までにもらった年賀状とか手紙とか、好きだった本とかCDとか、
大学生のときにバイトして貯めたお金で買ったはじめてのパソコンとか。
これまで幾度となく廃棄の危機を乗り越えてきたつわものたち。
それらを身もだえしながらも容赦なく捨てたり、人にあげたりしている。
形あるモノはいつか必ず壊れるし、失われる。
また、モノを自分の手元に死蔵しておくよりも、
喜んでくれる誰かにそのモノをあげたほうが、いろんな意味で価値がある。
だからモノにはあまり執着しないでおこう。
そう考えていたつもりだったが、実家には予想以上のモノが残っていた。
おれはこんなにもモノに執着していたのか。
いや、モノというよりは、モノに付随する記憶だな。
モノにはそれに付随する記憶が必ずある。
自分がそれを手に入れた経緯や、それで楽しんだ記憶など。
普段それらの記憶を自律的に思い出すことはないのだが、
そのモノに触れた瞬間、いろいろと思い出して懐かしくなる。
# だから整理にはすごく時間がかかる。
つまり、形あるモノのふりをしているが、実は記憶の塊だったのだ。
モノを捨てるということは、記憶を捨てることに他ならない。
# 思い出せない記憶は存在しないに等しい。
そしてまた、過去の記憶は自分の一部に他ならない。
だから思い出のモノほど捨てるのがつらいのだろうか。